チャンツィー Zhang Ziyi
チャン・ツーイーは、幼いときから体がとても小さくて細く、「丈夫な子供に育って欲しい」という母親の勧めで体育学校に通うようになりました。
しばらく体操を学びましたが、先生の提案でダンスを習うこととなりました。彼女が8歳の頃だそうです。
3年後の1990年、ツーイーは北京舞踏学院付属中学に入学し、以後6年間、本格的にダンスを学ぶこととなります。
だから彼女は激しいアクションもできるんですね!かわいいチャンツィーは私大好き!大ファンです。リンクフリー
初恋のきた道
???中国映画界の巨匠チャン・イーモウ監督が『あの子を探して』に続き、素朴な感動のテイストをもって描いたラブ・ストーリー。父の死で帰省した青年が、母と父のなれそめを追想していく。若き日の母=18歳の少女デイ(チャン・ツィイー)は、村にやってきた小学校教師チャンユーに一目ぼれ。以後、彼女はせっせと彼のために弁当を作り続けていくが…。
???チャン・ツィイーの初々しくも健気な美少女ぶりが観客の陶酔と涙を誘う。その一方で、老いた母の現代のシーンをモノクロームで捉えた描写の数々が実に秀逸。村の伝統に沿って葬儀を行おうとする母のかたくなな姿と、お弁当を作る少女の健気な姿が一致したとき、この作品の感動の涙は本物になる。デビュー以降、人間の欲望や陰湿な面などを好んで描いてきたイーモウ監督の心境の変化をもうかがわせる、素晴らしき人間讃歌の秀作である。(的田也寸志)
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純粋可憐な花のような映画 |
いきなり主人公の夫が死んだ後のシーンから始まり、彼女の回想として映画がスタート。
その初恋の思い出がなんとも美しい。
全体的に過剰な演出がなく、事実だけで見せる・感じさせる工夫がなされている。
たとえば都会へ去ってしまった愛する人と1日だけ再会する。そのシーンも演出は抑えてあり、その後何年もの時を経て・・・という感動の場面もナレーションだけで映像はなし。
この淡々とした控えめな演出が、どんどん過激になっていく映像表現に食傷気味な人には新鮮にうつるはず。何より、主演の女の子のかわいらしさ、という魅力も大きいのだが。
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まさに「初恋のきた道」 |
私はとりわけカットの長い映画が苦手だ。
特に邦画などは見てるとすぐに寝てしまう・・・。だからこの映画も期待していなかった。
ところが、デイの純粋な気持ちに感動移入してしまい、どう初恋が実るのかというより、どうやってアタックして行ったのかがとても気になる。
柱の影から好きな相手をじっと見ているのは今更どの時代・・・と馬鹿にしがちな昨今、デイが料理を作りながらそこに本当に気持ちを伝えたい相手を前にすると人は誰しもこんなに純粋になれるのだ・・・と思わされずにはいられない作品でした。
好きな人を連れてきてくれた道、好きな人を待った道、そして好きな人を見送った道。
全てにおいて「初恋のきた道」でした。手元において損は無い作品です。
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本当の意味で初恋 |
記憶を辿る物語。 映画の本質はシンプルであるべきということ、それが真摯な愛だと言うことをこの映画に教えられました。
こういう飾らない映画って余所の国では出来ない、過去にも例が無いと思います。 傑作選として後世に残して欲しい作品のひとつになりました。。。
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まっすぐの美しさ |
こんな感動した単純きわまりない映画はないです。笑。同じアジア人だからこんなに感情移入してしまうのか、それとも私たちの中に流れるシンプルだけど強い”人を思う心”にうたれるのかわからないのですが、ジャッキー・チェンだけが中国映画ではないことを証明した最高に胸を打たれる映画です。中にでてくる愛情いっぱいの料理にもぜひ注目して下さい。
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参りました |
観ていて何度涙が滲んだか…
この作品は、私たちが失ってしまったもの、失いつつあるもの、これから失うかもしれないもの、それらの貴重さ、素晴らしさを教えてくれると思います。純粋であること、堪えること、待つこと、尽くすこと、信じること、尊敬すること、そしてもちろん愛すること、… うまく表現できませんが、文字にすること自体が難しい、しみじみと湧き上がってくるもの…
チャン・ツィイーも可憐だし、音楽もしみじみいいし、中国の大自然も美しいし、今をモノクロにした映像の作り方もいいし、もう、酔って、そして涙して、横にいる妻を見て今の自分たちのことをちょっと恥ずかしく思い、初恋の頃の純朴さを再認識しなくては、としみじみ思わせてくれます。
秀作だと思います。

